「穴の谷霊水」ストーリー/その昔、修行の地だった穴の谷霊場

岡本弘真法尼像

「穴の谷霊水」始まり

「穴の谷霊場」の里、富山県上市町は古来より立山修験の裏参道に通ずる場所として知られています。
「穴の谷」はその昔、白蛇がいると恐れられていました。江戸時代末期に美濃国の白心法師がこの地で修行してから霊場として修行僧が次々と訪れ「行者穴」と呼ばれるようになりました。
その修行僧の中のひとり、岡本弘真という尼僧が「穴の谷の御霊水は八功徳水となり阿弥陀如来の水だぞ。唯一心に心を以て戴けば万病が治るぞよ。」と遺言して昭和37年に他界しました。
以来、「穴の谷霊場」の湧き水は霊験あらたかな水とされ、全国から参詣者が訪れるようになりました。


「穴の谷霊場」の歴史

江戸末期

嘉永4年(1851年)美濃の国の白心法師という僧がこの洞窟にこもり、3年3カ月にわたり修行する。

明治30年

能登の雲外悟禅師が、この洞窟で3年間修行して解脱を得たといわれる。

昭和32年

広島県呉出身の岡本弘真法尼が、穴の谷霊場で修行を始め6年間にわたり修行する。その時に洞窟から湧き出る水が、身体によいことを発見。

昭和37年

6月17日岡本弘真法尼死去。享年59歳。
法尼の信者達で「穴の谷弘真会」を組織。

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